論文とETIC #2

「転ぶのが怖い」だけで、社会参加は狭まるのか

8,632人を追った研究から、懸念と活動制限の違いを読む

著者
Daiki Morimoto(Unknown Lab)
公開日
2026年7月28日
文書
Version 1.0・未査読
ORCID
0009-0009-6444-750X
杖を持つ高齢者が、段差のある道と、手すりや同行者のいる地域活動への道の分岐に立つ様子
懸念の有無だけでなく、参加を可能にする経路、環境、人とのつながりを一緒に見る。

要旨

Limらは韓国の60歳以上8,632人を対象に、2006年から2020年まで8波の縦断パネルを用いて、転倒への懸念と社会参加の関係を検討しました。懸念なしを基準とした社会参加の調整オッズ比は、懸念のみ群で男性0.77、女性0.84、懸念に伴う活動制限群で男性0.53、女性0.72でした。2波続けて懸念があった群では、男女とも0.60でした。

本稿は、転倒への懸念を一律に「恐怖」や活動中止の根拠とせず、懸念が活動制限へ変わる条件を評価する必要性を論じます。ETIC 2.0への含意は、本人が続けたい作業を起点に、身体、活動、環境、支援技術を組み合わせ、安全を参加可能な条件として設計することです。ただし原研究は観察研究であり、因果関係やETIC 2.0の有効性を示したものではありません。

English summary

Lim et al. analyzed 8,632 Korean adults aged 60 years or older across eight waves from 2006 to 2020. Compared with participants without concern about falling, adjusted odds ratios for social participation were 0.77 for men and 0.84 for women with concern alone, and 0.53 for men and 0.72 for women with concern plus activity restriction. Persistent concern across two consecutive waves was associated with an odds ratio of 0.60 in both sexes. This critical commentary argues that concern should not automatically be treated as fear or as a reason to stop activity. The observational study does not establish causality or the effectiveness of ETIC 2.0.

30秒で分かる研究の要点

研究韓国の全国規模の縦断パネル研究。2006〜2020年の8波
対象60歳以上8,632人、延べ38,576観察。平均追跡8.94年
比較懸念なし、懸念のみ、懸念+活動制限
結果懸念+活動制限群の社会参加オッズは男性0.53、女性0.72
時間変化2波続けて懸念があった群の参加オッズは男女とも0.60
読み方関連は示したが因果は未確定。転倒件数や介入効果を調べた研究ではない

「転ばないように、外出を控えましょう」。この助言は安全のために見えます。しかし、買い物、趣味の集まり、友人との時間まで失われたら、その生活は本当に安全になったと言えるでしょうか。

一方で、転倒への心配を「気にしすぎ」と片づけることもできません。危険な段差、体力低下、過去の転倒など、心配には理由があるかもしれないからです。

Limらが2025年に発表した研究は、韓国の60歳以上8,632人を対象に、転倒への懸念と社会参加の関係を2006年から2020年までの8回の調査で検討しました。懸念がある人ほど社会参加のオッズが低く、懸念のために活動を避けている人では、その関連がさらに大きいという結果でした[1]

ただし、これは「心配が社会参加を減らした」と証明した研究ではありません。重要なのは、転倒への懸念を消すことでも、活動を止めることでもなく、懸念が活動制限へ変わる条件を見つけることです。

「恐怖」より「懸念」と呼ぶ理由

原論文の用語はfear of fallingです。日本語では「転倒恐怖」と訳されることが多い言葉です。

しかし、この研究で実際に聞いたのは「普段、転ぶことを心配していますか」という質問でした。「少し心配」と「とても心配」を合わせて、fear of fallingありと分類しています。

世界転倒予防ガイドラインは、転倒への恐怖、懸念、不安、バランスへの自信、自己効力感は重なりながらも異なる概念だと整理しています。高齢者本人へ尋ねる際は、恐怖よりも「concerns about falling、転倒への懸念」という言葉を勧めています[3]

そのため本稿では、原論文名を示す場所以外は「転倒への懸念」と表記します。言葉の違いは飾りではありません。「恐怖」と決めつけるより、「何が心配なのか」と尋ねる方が、本人の経験を具体的に理解しやすくなります。

研究は何を、どう測ったのか

研究が使ったのは、韓国高齢化研究パネル(KLoSA)です。地域と住居形態で層化した確率抽出により、45歳以上の地域在住者を繰り返し調査しています。公式の調査設計では、済州島、島しょ調査区、施設調査区は標本枠に含まれていません[7]。したがって、論文がいう「全国規模」は、主に韓国の地域在住者を表すものです。

Limらは2006年から2020年まで2年ごとに実施された8波から、各時点で60歳以上の回答を使いました。当初利用できた11,174人、63,215観察から、60歳未満の時点と解析変数に欠測がある観察を除き、最終的に8,632人、延べ38,576観察を解析しました。男性3,735人、女性4,897人、平均年齢は71.7歳でした[1]

8,632人全員が14年間、8回すべてに回答したわけではありません。途中で60歳に達した人や、回答回数が異なる人を含みます。平均追跡期間が8.94年という表現が、実態に近い読み方です。

転倒への懸念を3群に分けた

研究は「普段、転ぶことを心配しているか」と「転ぶことが怖いため、本来したい、または通常行う活動を避けているか」という二つの質問を組み合わせました。

状態
懸念なし転ぶことを心配していない
懸念のみ心配はあるが、そのために活動を避けてはいない
懸念+活動制限心配があり、そのために活動を避けている

この分け方が研究の第一のキモです。慎重になることと、生活を狭めることを同じものにしませんでした。

社会参加を、実際の集まりへの参加で測った

結果として調べたのは、宗教団体、友人・近隣との集まり、余暇・文化・スポーツクラブ、親族会や同窓会、ボランティア、政治団体などへの参加です。少なくとも一つに参加していれば、社会参加ありとしました。参加頻度と、親しい友人・家族・近隣者との接触頻度を加えた分析も行いました[1]

これはADLやIADLの一部としてではなく、社会参加を独立した結果として扱う工夫です。ただし、本人にとっての意味、満足感、自分で選べたか、参加の質までは測っていません。

先行研究から何を一歩進めたのか

Choiらは米国の高齢者6,279人を約1年間、2波で追い、活動を制限するほどの転倒への心配が、正式・非正式な社会参加の制限と関連することを報告しました[2]

Limらは、2波から8波へ増やして平均8.94年を追い、懸念だけの人と活動を避ける人を分けました。さらに、参加頻度、参加の開始・離脱・継続、懸念の発生・消失・継続を分け、性差があったため男女別に解析しました。

新しさは人数や期間だけではありません。懸念が活動回避に変わる段階と、社会参加が始まり、続き、途切れる過程を分けたことにあります。

反復する生活の変化をどう解析したか

同じ人が2年ごとに回答するため、8回の回答は互いに独立ではありません。研究は一般化推定方程式(GEE)を使い、個人内の反復を考慮しながら、集団全体の平均的な関連を推定しました。

年齢、所得、教育、居住地域、住居、婚姻、BMI、ADL・IADL、抑うつ症状、過去2年の転倒、慢性疾患、身体活動、親しい人との接触、調査年を調整しました。各時点で変わる要因は、時間とともに変化する変数として扱い、パネルの縦断重みも適用しました[1]

これは介入試験ではありません。検証したのは、多くの背景要因を考慮した後にも、懸念の状態と社会参加に関連が残るかどうかです。

結果は「懸念だけ」の群でも差を示した

全波を通じた社会参加は、男性73.1%、女性66.5%でした。懸念なしを基準にすると、社会参加の調整オッズ比は次のようになりました[1]

転倒への懸念男性 OR(95% CI)女性 OR(95% CI)
懸念なし1.001.00
懸念のみ0.77(0.67〜0.87)0.84(0.75〜0.94)
懸念+活動制限0.53(0.44〜0.63)0.72(0.63〜0.83)

懸念だけの群でも、参加オッズは男性で23%、女性で16%低くなりました。活動制限を伴う群では、男性47%、女性28%低くなりました。

「離れる」より「始める・続ける」に差があった

研究は、隣り合う2回の調査から、社会参加の変化も調べました。

社会参加の状態男性 懸念のみ男性 懸念+制限女性 懸念のみ女性 懸念+制限
新規参加0.790.600.690.57
新規離脱1.000.990.971.07
参加継続0.830.550.780.69

新規参加と参加継続のオッズは、懸念がある群で有意に低くなりました。一方、その2年間に新しく社会参加から離れたことには、有意な関連がありませんでした[1]

「心配になったから、すぐ集まりをやめる」という単純な一本道ではない可能性があります。参加を始めるには、場所を知り、人とつながり、移動し、予定を調整する必要があります。参加を続けるにも、繰り返しその条件を整えなければなりません。

作業療法領域のFoxらは、活動を再開したい高齢者51人の調査で、社会活動の主な障壁として「一緒に行う人がいない」、再参加の促進要因として「一緒に行う人」を挙げました[5]。小規模な別研究でありLimらの機序を証明するものではありませんが、参加は本人の身体や気持ちだけで決まらないことを具体的に示します。

懸念が続くと、関連は大きかった

転倒への懸念を、2波ともなし、新たに発生、消失、2波とも継続の4群に分けた分析では、継続群の社会参加オッズは男女とも0.60でした。基準群より40%低いオッズです[1]

ただし、懸念が消失した女性でもOR 0.70でした。懸念がなくなれば、社会参加がすぐ元に戻るとは限らないことを示唆します。同時に、懸念が参加低下の唯一の原因ではない可能性も示します。失ったつながり、交通、身体機能、抑うつ、役割の変化などが残っているかもしれません。

この研究を慎重に読むべき理由

長期間の全国規模パネル、8,632人、38,576観察、懸念と活動制限の分離、多数の時間変動要因の調整は、この研究の強みです。資金は韓国政府の研究助成で、著者らは利益相反なしと申告しています[1]

一方、結果を因果関係として読むことはできません。

  1. 懸念、活動制限、社会参加は自己申告です。
  2. 2年間隔では、短期の転倒、回復、参加の変化を捉えにくいです。
  3. 懸念は単一質問を中心に測られ、多面的な心理状態を十分に表しません。
  4. 欠測のある3,930観察を除外しており、回答を続けた人に偏る可能性があります。
  5. 韓国の地域在住者中心で、施設入所者や他国へそのまま一般化できません。
  6. 懸念と参加を同じ波で繰り返し測っているため、どちらが先か確定できません。
  7. 社会参加の意味、満足、本人の選択は測っていません。

世界転倒予防ガイドラインは、転倒への懸念をFES-Iなどの標準尺度で評価し、歩行・バランスと組み合わせて文脈の中で理解することを勧めています[3]。FES-Iは、簡単・難しい身体活動だけでなく、社会活動中の懸念も測るために開発された尺度です[4]。Limらの一問は大規模調査には実用的ですが、現場で本人の支援を決めるには足りません。

ETIC 2.0が受け取るべきメッセージ

転倒への懸念を聞いた後、支援者が「怖いならやめましょう」と答えれば、安全は活動制限へ変わります。「大丈夫です」と答えるだけなら、本人の危険認識を無視することになります。

ETIC 2.0では、次の順でケア生態系を見ます。

見る対象確認する問い
本人何を続けたいか。どの場面が心配か
身体・認知筋力、歩行、注意、疲労、服薬に何が起きているか
活動どの手順、時間帯、持ち物で難しくなるか
物理環境段差、照明、路面、階段、手すり、天候はどうか
社会環境同行者、家族の考え、地域の機会、交通手段はあるか
技術・支援杖、靴、地図、配車、見守り、連絡方法は役立つか
評価転倒だけでなく、新規参加、参加継続、満足を追えているか

目標は「懸念をゼロにすること」ではありません。危険の可能性と、起きた場合の影響を下げ、本人が「この条件ならできる」と思える制御可能性を増やすことです。

この考えに近い次の一歩が、Ellmersらの「転倒に対する知覚された制御モデル」です[6]。適度な懸念は安全を高めることがあります。しかし、状況や感情を制御できない感覚が強いと、パニック、危険な動作、過度な活動制限につながるという枠組みです。

次に読む論文

次に読む論文は、Ellmersらの2023年のレビューです[6]

この論文は、転倒への懸念がある人を一つの群として扱いません。危険場面に対する「制御できる感覚」が、適応的な慎重さと不適応な反応を分けるというモデルを提案しています。

モデルだけでなく、英国の地域在住高齢者209人で4項目のUpdated Perceived Control over Falling Scale(UP-COF)も検証しました。内的一貫性はCronbachのα=.751、再検査信頼性はICC=.718でした。活動を避けている人の平均得点は14.0、避けていない人は16.7で、差はp<.001でした[6]

Limらが示した「懸念のみ」と「懸念+活動制限」の差を、なぜ起きるのか、どう評価するのかという側から読むための自然な次の論文です。

結論

Limらの研究では、転倒への懸念がある高齢者は、ない人より社会参加のオッズが低く、懸念のために活動を避けている群で関連が大きくなりました。懸念が2波続いた群の参加オッズは、男女とも0.60でした。

しかし、懸念が社会参加を減らしたという因果関係は確定していません。また、懸念がある人全員に活動制限が必要なわけでも、懸念をなくせば参加が戻るわけでもありません。

転倒への懸念を聞いたら、そこで評価を終えないことです。何が怖いのか。何を続けたいのか。誰と、どこで、どの手段ならできるのか。

安全を本人の生活から切り離さず、参加できる条件として設計する。そこに、この研究をETIC 2.0で読む意味があります。


研究倫理・利益相反・AI利用

執筆: Unknown Lab 編集部(AI支援) / 確認: 作業療法士

参考文献

  1. Lim JH, Joo MJ, Ko J, Kim DB, Park EC, Ha MJ. Impact of fear of falling on social engagement among older adults: a nationwide longitudinal panel study. J Nutr Health Aging. 2025;29(8):100589. doi:10.1016/j.jnha.2025.100589
  2. Choi NG, Bruce ML, DiNitto DM, Marti CN, Kunik ME. Fall worry restricts social engagement in older adults. J Aging Health. 2020;32(5-6):422-431. doi:10.1177/0898264319825586
  3. Montero-Odasso M, van der Velde N, Martin FC, et al. World guidelines for falls prevention and management for older adults: a global initiative. Age Ageing. 2022;51(9):afac205. doi:10.1093/ageing/afac205
  4. Yardley L, Beyer N, Hauer K, Kempen G, Piot-Ziegler C, Todd C. Development and initial validation of the Falls Efficacy Scale-International (FES-I). Age Ageing. 2005;34(6):614-619. doi:10.1093/ageing/afi196
  5. Fox K, Morrow-Howell N, Herbers S, Battista P, Baum CM. Activity disengagement: understanding challenges and opportunities for reengagement. Occup Ther Int. 2017;2017:1983414. doi:10.1155/2017/1983414
  6. Ellmers TJ, Wilson MR, Kal EC, Young WR. The perceived control model of falling: developing a unified framework to understand and assess maladaptive fear of falling. Age Ageing. 2023;52(7):afad093. doi:10.1093/ageing/afad093
  7. 韓国雇用情報院. 高齢化研究パネル調査設計. https://www.keis.or.kr/keis/ko/conts/133/web.do

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