ケア生態系とは何か
ETIC 2.0の中心概念である「ケア生態系」を、日常の具体例から解説します。
「買い物に行きたい」を分解してみる
たとえば「買い物に行きたい」という一つの作業(本人にとって意味・目的・価値を持つ生活行為)にも、体調、道の段差、店までの距離、家族の不安、地域サービス、スマートフォンでの確認、専門職の助言が関わります。本人に歩行訓練を行うだけでは、買い物への参加は戻らないことがあります。家から店までの距離、交通手段、支払い方法、家族の不安、福祉用具、転倒リスクへの対応が整って、はじめて買い物という作業が戻ります。
ETICでは、支援を一つのサービスや一つのアプリとしてではなく、関係の組み合わせとして見ます。支援がうまくいかないときは、本人の努力不足と決めつけず、環境、情報、制度、技術、人の関係のどこに詰まりがあるのかを探します。
従来の見方とETICの見方 — 在宅高齢者の転倒リスクを例に
| 従来の見方 | ETICでの見方 |
|---|---|
| 下肢筋力を評価する | 下肢筋力、住環境、夜間照明、服薬、家族の見守り、地域サービス、センサー通知を合わせて見る |
| 転倒予防訓練を行う | 本人の外出意欲を守りながら、リスクを下げる条件を設計する |
| 専門職が説明する | 本人、家族、専門職、AI通知、自治体サービスの役割を調整する |
| リスクを下げる | リスク低減と作業参加の両方を評価する |
大切なのは、転倒を避けることだけではありません。転倒を恐れて外出をやめれば、安全性は高まったように見えます。しかし、本人の買い物、散歩、人との交流、役割、楽しみが失われるなら、それは作業参加を支えるケアとは言いにくいのです。ETICでは、安全性と作業参加を同時に見ます。AIやセンサーは、外出を止めるためではなく、本人がより安心して外出できる条件を整えるために使われます。
ケア生態系設計の進め方 — 5つのプロセス
| 設計プロセス | 主な問い |
|---|---|
| 1. ケア生態系を地図化する | 本人の作業参加に関わる人、環境、制度、技術は何か。 |
| 2. データと技術の役割を決める | どの技術が、どの作業参加を支えるのか。 |
| 3. リスクと可能性を早く捉える | 予測によって何を守り、何を狭めないようにするのか。 |
| 4. 成果を測り、設計を見直す | 何を成果とするのか。症状だけでなく参加を測るのか。 |
| 5. 分野を越えて調整する | 誰が関わり、誰が説明し、誰が責任を持つのか。 |
地図化には設計パターン集の「ケア生態系マップ」が使えます。層に分けた見方は参照アーキテクチャで解説しています。
AIをケア生態系に含めるとはどういうことか
AI、センサー、スマートフォン、電子カルテ、遠隔支援は、本人の外側にある単なる機械ではありません。使い方によっては本人の生活を広げ、別の使い方をすれば本人の生活を監視し、制限します。
AIの有益さ
- 記録の要約や文章作成を支援する。
- 生活データから変化やリスクを見つける。
- 遠隔支援で本人や家族への説明を補助する。
- 支援計画の候補を整理する。
- 福祉用具、住宅改修、地域サービスの候補を提示する。
- 教育や研修で、事例検討を支援する。
AIのリスクと、ETICでの対応
| リスク | 具体例 | ETICでの対応 |
|---|---|---|
| 誤情報 | 生成AIが不正確な助言を出す | AI出力をそのまま本人に渡さず、人間が確認する。 |
| 自動化バイアス | 専門職がAIの提案を過信する | AIは提案であり、最終判断は人間が持つ。 |
| 説明困難性 | なぜその判断になったか説明できない | 本人と家族に説明できる範囲で使う。 |
| プライバシー | 生活データや医療データが過剰に集まる | 目的、保存、共有、削除を設計時点で明示する。 |
| デジタル格差 | 使える人だけが支援を受けられる | 代替手段を用意し、導入前にアクセスを評価する。 |
| 生活の制限 | 見守りが監視になり、外出や活動が減る | 尊厳と選択を守る見守りにする。 |
| 責任の曖昧化 | 誰が説明し、誰が責任を持つか不明になる | 役割分担と説明責任を明確にする。 |
データは生活そのものである
睡眠、家事、移動、服薬、外出、余暇、就労準備、介護負担、人との交流。ケアで扱う生活データは単なる数値ではなく、本人の生活史そのものに近いものです。データを扱うときには、次の7つの問いを必ず確認します。
- 何のために集めるのか。
- 本人は理解し、同意しているか。
- 家族や専門職はどこまで見られるのか。
- データはどこに保存されるのか。
- いつ削除できるのか。
- 支援以外の目的に使われないか。
- 本人に不利益が生じたとき、誰が対応するのか。
ETICでは、このようなデータ統治を技術担当者だけの問題にしません。作業参加と尊厳を守るためのケア設計の一部として扱います。